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「大きな喜びをもたらす光」ルカ2:1-20


アドベント第3週のキャンドルのテーマは「喜び」です。
「喜び」と「幸せ」は違うと、先月ユリ先生が語っておられました。幸せは状況によってすぐに消えてしまうけれども喜びは選ぶことができる、と。
使徒パウロも
「いつも主にあって喜びなさい。」
(ピリピ4:4)
と語っていますが、この「主イエスにある喜び」についてみことばに聴きましょう。

1主の栄光に照らされた時、羊飼い達は恐れた。
今日は羊飼い達の恐れが喜びに変えられた、という事に集中したいと思います。当時、羊飼い達は戸籍がないため人口に数えられず、信用されず、定期的に礼拝に行けないため町の人から「神から遠い奴ら」と軽蔑されていました。しかし神の使いが世の救い主誕生の知らせを一番初めに伝えたのはこの羊飼い達だったのです。人知れず闇夜で野宿をして羊の世話をしていた彼らに主の栄光が照ったのです。
しかし羊飼い達はまず非常に恐れました。当時は懐中電灯もイルミネーションもない時代です。主の光がいきなり周りを照らした時、彼らはまず恐れました。私達も夜道をウォーキングしたりする時に民家のセンサーライトが感知してパッと光ってびっくりすることがあります。闇夜で光照らされる時に私達は恐れるのです。

2.主の使いのメッセージは「恐れることはない!」
しかし主の使いの第一のメッセージは「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。」(ルカ2:10)というものでした。主の栄光に照らされた時、羊飼い達は非常に恐れました。しかしそんな彼らに「恐れることはない」と言って、逆に大きな喜びが告げ知らされたのです。

結論:私達も神のみことばの光に自分の闇(心の罪)を照らされる時、恐れることがあるでしょう。しかし私達のためにご降誕されたイエスの前で私達は恐れる必要はなくかえって喜ぶことができるのです。イエスは魂の医者として私達の心の闇を照らして罪に気づかせて下さり、その罪さえも十字架で負って下さるために「今日」私達のためにお生まれになっているのです。このイエスの存在そのものがあらゆる状況において私達の永遠の喜び、感謝、讃美となったのです。
(聖書引用 聖書 新改駅2017©️2017 新日本聖書刊行会)

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